上田市、旧武石村の余里(より)は春になると花桃で賑わう山里です。花桃が咲き連なる様子は“一里花桃”と呼ばれ、例年5月の連休には県内外から多くの観光客が集まります。
4月の終わりに余里を尋ねた。連休前の平日とあって、観光客の姿もまばらだったが、今年は開花が早く、既に満開の様子。山里の入口に設置された観光客用の駐車場に車を停めて、集落に向かって歩いていくと、集落から下ってくる軽トラックの運転席にねじり鉢巻きが懐かしい顔を見つけた。花桃の整備をしている“花咲じいさん”(※)の北澤さんだ。軽トラの荷台には大きな切り株。「入口の駐車場に置いて椅子にするんだよ」と軽トラは村の道を下っていった。
集落に近づくと手書きの看板が目にとまる。『本家桃まで〜千歩 花咲じいさん』。今でこそ山里を埋め尽くすほどの花桃も、もとを辿ると集落の一軒にあった花桃が“本家”。落ちた花桃の実を育てながら広げたとのことだった。途中、道端に腰を下ろしている高齢の女性に観光客が声をかけていた。「いところですね」。
4月下旬とはいえ、青空へ照り返す日差しは眩しくて、花桃の赤や白、チューリップの黄色に山裾の新緑と、原色の鮮やかさに目がくらむほどだった。集落の真ん中にあるかつてのバス停留所は、昨年北澤さんに野点のコーヒーをごちそうしていただいたところだが、シーズンの今は仮設の売店となり、集落の方々が観光客を出迎える。売店からは集落の女性と観光客のにこやかな会話が聞こえてきた。
−どちらから?
−神奈川からです・・・きっとまた来ますね。
−お気をつけて。ありがとう。
来る途中に出会った北澤さんへは、帰りに寄ります、と伝えたけれど、駐車場に戻ると既に北澤さんの姿は見当たらず、その代わりに駐車場には丸太のベンチが立派に出来上がっていた。「明日は大型バスがたくさん来るんだよ」と話していたから、きっとその準備に忙しいのだろう。賑やかでいいですね、というと「まあ、それはそれで大変なんだ」と笑っていたのを思い出す。
季節は過ぎて既に7月。梅雨が明けると一層の緑に花桃の里は包まれる。来年もまた、何もないけれどここにしかないものを求めて大勢が集まってくるはず。それまで花桃の里は静かな季節が流れます。
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(*)“花咲じいさん”・・・上田市旧武石村余里にて花桃の整備を行う地元グループ
これから並べてベンチにする切り株。
まだ訪れる人もまばらな余里の集落。
昔のバス停が仮設の売店です。
苔玉は花咲“かあちゃん”手作りです。
交わす会話も大切なひととき。
賑やかな連休を待つ花桃の里です。