花桃の里・夏

上田市

 しなの鉄道大屋駅付近で千曲川に合流する依田(よだ)川は、上田市の旧丸子町を流れる清流です。その流れをさかのぼり旧武石村から奥深く谷間へ分け入る支流が余里(より)川です。この余里川に沿う山間の集落は、4月から5月にかけて数万人の観光客が訪れる花桃の名所です。その花桃の手入れをしているのが“花咲じいさんくらぶ”の地元の方々です。

 今はシーズンを過ぎて7月。「世界中でいちばんきれいな2週間」と地元の方々が自負する赤、桃色、白と彩り豊かな季節は過ぎて、夏の余里は一面緑色の山里です。“花咲じいさんくらぶ”の活動についてお話を伺うため、シーズン中は農産物を販売する廃線となったバス停留所で待ち合わせると、代表の北沢さんが軽トラックでいらっしゃいました。すると、挨拶もそこそこに停留所から縁側台とパイプ椅子を引っ張りだし掃除を始められました。何が始まるのか?と思うと「よしっ!」と言って、軽トラックからポットを取り出し、「野点(のだて)だな!」。手際よく並べたカップにドリッパーからコーヒーを淹れごちそうしていただきました。「このくらい余裕がなくちゃいけないんだよ」。

 濃い緑色に埋もれるほどの里山は風の音しか耳に入りません。「この風景がいいんだよ」と停留所の椅子に腰かけコーヒーを頂きながら、花桃のことや暮らしの様子を伺った。もともと花桃は人寄せのためではなく自分の集落をきれいにするために、地元の家にあった花桃の木を株分けして徐々に広まったこと。落ちた種から育てた苗を販売して活動の資金にしていること。集落は60世帯ほどだが高齢者が多く、買い物に出かけられない方は近隣の農協まで連れて行ってもらうこと。高校生は遠くはなれた上田市内の高校まで親が送り迎えしていること。山際に張り巡らされた柵は鹿被害を防ぐため。「魚はいますか?」と尋ねると、田んぼの用水のよどみを指差した。夏の太陽がきらめく水面の下には鯉かと見間違うほど丸々と太ったイワナがゆらゆらと泳いでいました。

 一番の見ごろを迎える時期がちょうど5月のゴールデンウィークに重なるのは花桃とこの山里の地理的条件の偶然の一致なのかもしれません。「神様の贈り物なんだよ」という北沢さんの言葉が印象的でした。お礼をして、しばらく村の様子を写真に収めていると、北沢さんの軽トラックがクラクションを鳴らして通り過ぎていきました。花桃の里の夏はとても静かでした。


余里の入口です。


“花咲じいさんのいる村入口”


かつてのバス停留所は、シーズン中は売店になります。


野点のコーヒーをごちそうになりました。


花桃の実です。果肉が少ないため食用には向きませんが、しっかりと桃の香りがします。



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